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亀蜜原液 誕生秘話

すっぽんとハチミツひとすじで研究 - 亀蜜原液は、伊藤信昭の情熱が生み出し、30年以上愛され続けている商品です。

亀蜜原液の誕生は昭和50年

夜明の里カメミツ創業者“伊藤信昭”の好奇心と、感受性豊かで独創的な発想が生み出した情熱ストーリー、それが「亀蜜原液の誕生物語」なのです。

夜明の里カメミツ株式会社 伊藤信昭

ハチミツを使って何かしたい!

ハチミツを作る蜜蜂

昭和7年、伊藤製材という木材業を営む長男として誕生した伊藤信昭。幼い頃から好奇心旺盛でアイデアマン、とにかく色々なものを器用に作る少年でした。小学校・中学校の創作展では何度も表彰されるほど、自然に触れ、モノづくりの心を育む環境の中で育ちました。家業の影響から木が大好き。そしてもうひとつ興味があったもの、それが『ハチミツ』でした。「あの小さい蜂が自分の体の何倍もある巣を作るなんて凄い!」。蜂が作り出すハチミツの自然の不思議に好奇心旺盛な少年の心は惹きつけられていました。

世の中の製材業に陰りが出てきた頃から、製材業を受け継ぎ経営者となっていた伊藤は、何か新しいことを始めようと考えを巡らせていました。すでに伊藤には心に決めたものが・・・。それは幼い頃から興味のある『ハチミツ』。

「ハチミツを使って何かしたい!」。そうずっと考えていました。いつも身近にあったハチミツ。昔の家庭では花梨や梅、柑橘類をハチミツに漬けた瓶が台所の片隅にたくさん並んでいたそうです。伊藤にとってハチミツは、祖母や母とのあたたかい思い出のひとつだったのです。

すっぽんとの出会い

2億年の歴史があるすっぽん

『ハチミツ』と心に決めてからのこと、当時の沖縄タイムスの上地社長の誘いで沖縄に行くことに。 そこで伊藤は、上地社長から「ウミヘビは精力剤として非常にすばらしい!」と絶賛の声と商品を見せびらかされます。しかし伊藤は素直に興味を示すことが出来ません。なぜなら伊藤は「どんなに良いものであろうとヘビだけは勘弁してくれ」と、大がつくほどのヘビ嫌い。ここから伊藤の持ち前の好奇心に火がつきます。

「ウミヘビに勝るものはないか」。家業の木材業はそっちのけ、周りが呆れるほど、とにかくいろいろな文献を読みあさります。毎日毎日どれだけの書物に目を通したことでしょう。そして試行錯誤の末運命的な出会い、それが『すっぽん』だったのです。

すっぽんと出会った伊藤は調べれば調べるほどその魅力に取り付かれていきました。
『すっぽん』は2億年の歴史があり、動物の中でも唯一全身がアルカリ性、それだけではなく料理のなかでも高級料理で、栄養的にも優れており、古くから滋養強壮さらに美容にも良いとされています。

さらに伊藤が目を見張ったのは「ハチミツも5千年の歴史があり、体内に入るとアルカリ性に変わる」と両方ともアルカリ性だったところ。「保存食としても優れていて、甘いものの中で体にいいのはハチミツが最高だ!すっぽんもいい!ハチミツもいい!すごいじゃないか。きっといいものが出来る!!」。伊藤はこのとき、確信を持ったのです。

亀蜜原液の誕生

ハチミツよりサラっとしている亀蜜原液

早速次の日から実験がスタートしました。といっても実験室は玄関のテーブル。まず自らすっぽんを手に入れ近所の料理人に調理してもらいました。ハチミツはたくさんの種類中から、“アカシア”と決めていました。なぜならアカシアは他のハチミツに比べ結晶しにくいという特徴があります。さらにアカシアの花は、上品なほのかな香りが漂い、ほんのりと黄色い色が特徴の綺麗なハチミツを作ります。

そして伊藤は、瓶にたっぷりのアカシアハチミツとすっぽんを入れ一晩待つことにしました。朝起きて真っ先に玄関へ、なんと目の前に驚くべき光景が・・・。瓶からハチミツが大量に溢れ出し、置いていたテーブルさらに床までハチミツだらけではありませんか。伊藤はもちろん、家族もびっくりです。まさにこれが亀蜜原液の誕生の瞬間だったのです。

興奮冷めやらぬ中、なんとその日のうちにすぐにドラム缶を運び込み、その中に大量のハチミツとすっぽんを入れ、1日に何度も攪拌(かくはん)してみたり、すっぽんとハチミツの割合を変えたりと、試行錯誤の日々を重ねます。なんと一ヶ月経つとすっぽんは少し小さくなり、さらに3ヶ月経つ頃にはその大きさは1/3までになりました。「面白いなぁ、これこそすっぽんのエキスがハチミツに溶け込んでいる証しではないか」。新たな発見に一喜一憂。そんな日々が約3年も続きました。

30年以上、製法が変わっていません

3年もの長い期間が過ぎ、やっと納得のいくものが出来上がります。専門的な見地から意見をもらおうと、以前からお世話になっている日本食品分析センター顧問の斉藤実先生に完成した亀蜜原液を持っていきました。すると先生からは、「これはすばらしい!栄養的な見地からみても優れている。何も無いところからよくここまで形にしましたね」と嬉しい言葉をいただきました。「ただね・・・伊藤くん、すっぽんが入っているのは良くわかった。あなたを信用するから僕のだけはすっぽんを入れないでくれないか・・・」と笑いながら言われました。

実はこのときの亀蜜原液はハブ酒のように瓶の中にまるごとのすっぽんが入っていたのです。それからはすっぽんを抜いたものを知人にのみ、試しに飲んでもらっていました。すると飲んだ人たちから、「元気になった」「続けて飲みたい」との声があり、本格的に商品化することに決意します。構想から約5年、ここに火も水も一切使わない『亀蜜原液』が誕生したのです。

そして夜明の地へ

亀蜜原液に全力を注ぐ日々を送る伊藤

ほんの少しの好奇心から始まっただけのこと。それが誰かの役に立つものにまでなるとは、想像もしていないことでした。「きっとこれはもっと多くの人の役に立つに違いない!」、そう確信した伊藤はすぐ次の行動に出ます。持ち前のフットワークと人脈を活かし多くの人の協力を得て、厚生労働省の売店や伊勢丹・銀座松屋・松坂屋・阪急などの東京の主要百貨店で次々に販売契約が決定。亀蜜原液は福岡県の片田舎を飛び出し、瞬く間に広がりを見せることとなるのです。

この頃にはすでに『伊藤製材』をたたみ、自宅を事務所とし『カメミツ株式会社』として新たな道を歩み始めていました。そしてそれから数ヶ月が経過したある日のこと。すっぽんとハチミツという今までに聞いたことのない斬新なものがある、と聞きつけたテレビ局が『亀蜜原液』を取り上げます。朝の情報番組でわずか3分弱ほどの紹介。そのとたん、事務所に2台しかなかった電話は鳴り始め、さらに商品を卸している全ての販売店、さらにテレビ局の電話までもが鳴り止みませんでした。注文が急増したことから、寝る間もなく家族総出で商品作りに追われました。まだ「健康食品」という言葉がまだそれほど知られていない昭和53年頃のことです。そしてこんな驚きのエピソードも。カメミツへの注文の多さから、その地域の郵便局員が増員されたのです。

夜明の里カメミツとして新たな門出を迎える

亀蜜原液を製造するには手狭になって来たため最適な場所を探すことになりました。そして候補地となったのが大分県日田市夜明。番地もないほどの山の中腹、見渡す限りの茶畑。そこに下見に訪れた伊藤と妻は、足を踏み入れた瞬間この場所しかない、と直感します。「この地に立った瞬間、本物の風のにおい、草のにおいを感じた。きれいな空気と豊かな水。健康になる食品を作るには最高の場所だ。ここしかない」。

その後昭和60年、正式に大分県日田市のここ『夜明』に移りました。夜明に移ってから、伊藤は亀蜜原液を使った新たな商品を次々に開発していきます。亀蜜原液製造のための工場、さらに近隣の地域住民の方への会合や催し物のホールも併設。そして観光コースとしても認知されるようになり、「大きな山に小さな箱が動いている」と揶揄されるように連日多くの観光バスで賑わうまでになりました。さらに自然の中で健康に触れ、食事ができるレストランも併設。平成元年には健康を願って観音様「夜明観音」も建てられました。

ほんの少しの好奇心から始まったことが、まさか誰かの健康の役に立てる商品を生み出すことになると誰が考えたでしょうか。「先輩社長にウミヘビと言われなければ今のカメミツは無い。偶然の出会いに感謝し、すっぽんとハチミツの亀蜜原液が多くの人の役に立てれば研究冥利に尽きる。これからは夜明の里に来た人に楽しんでいただき、笑顔と健康を届けたい」。とまだまだ熱い伊藤の情熱はこれからも続いていきます。

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ご愛用者の声

私の元気にみんながビックリ!!
いつも元気になる源のスッポン亀蜜を愛用しています。3年前に日田の夜明の里にいきましてお土産として購入した…
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